記憶色とホワイトバランスと空気と現像
20日間もかけてやっと2日分の名古屋旅行記(1日目午前/1日目午後/2日目)を書き終えた訳ですが、今回はその旅行中の写真の色について少し。
今回の旅行で撮った写真たちですが、ずいぶんと妙な色をした写真ばかりなのはお分かりいただけると思います。
理由は2つあります。
1つは、DP1に由来する問題。この日はかなりどんよりとした曇りの日で、ホワイトバランスが上手く取れていませんでした。以前にも少々触れましたが、曇りの日にホワイトバランスを「くもり」にセットすると壮絶な緑被りが発生してしまいます。そこでこの日はホワイトバランスを「日陰」にして撮影しましたが…今度は赤〜黄色っぽくなる傾向が出てしまったみたいですね。まだオートの方がマシということも多いですが、オートもオートでいきなり色がコケることがあります。きっちりホワイトバランスを合わせて撮りたかったら、こまめにカスタムホワイトバランスを使うしかないのかもしれません。あるいは、どうせ現像で変えればいいんだから最初から気にしない、とかね。
そしてもう1つの理由が―こちらが大事なんですが―この妙ちくりんな色が、僕の心の中にある色、記憶の中にある色と一致していたということです。これはホワイトバランスを適正に合わせて現像してみました。うん、これもきれいだけど…でも、しっくりこない。僕の頭の中では…こっちなんです。どんよりとした曇りの日に当たってしまった一人旅の悲しさ、そして有松という土地の哀愁…そういったものがありありと思い出せるのは、思い出して再びどんよりした気分になれるのは、明らかに後者なんですよね。
そんな印象が皆さんにも同じように伝わってるかどうかはわかりませんが、でも、風景を撮ったりする場合には"正しい色"なんて割とどうでもいいんだなーというのはよくわかりました。…それでも今回の写真はさすがにやりすぎだよなぁ、とは思わないでもないんですが…うーん。でもやっぱり、この色なんだもの。仕方ないよね。数日経ってから現像した物は、最初から普通の色で現像してたりします。記憶が薄れてきてるってことでしょうか。